不動産の現場から民法を考察する。第5回

~『第二編物権 第三章「所有権」第一節 所有権の限界 第一款所有権の内容及び範囲 第209条(所有権の内容 第207条(土地所有権の範囲)』②~

条文:206条:所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。

:207条:土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ。

 

(考察)

前回と重複するが、不動産、動産に関わらず、物の所有者には所有権があり、特に不動産の土地の場合は、土地の範囲の上下(上空と地中地下)に所有権の範囲が及ぶ。そして、所有権によって認められる行為がA実需(所有者が所有物を「使用」すること)、B賃貸(使用せずに他者に貸して「収益」を得ること)C売却(ABの必要がなく「処分」(換金))となる。

 

所有権による可能な行為のうち、BCについては他者との関わりが生じるため、例えばBであれば賃貸借契約、Cであれば売買契約という法律行為が必要となる。

これら法律行為には、以前、お伝えしたとおり民法が大切にしている原則(※1)が大きく影響する。

しかし、高齢化社会における認知症によって、所有権者の意思が不明確となることや、取引そのものの手続き行為ができないことが起こる。

一般消費の心情としては、「親(所有者)の為」と考え、手続き行為の代理や、その延長として、親の意思に沿っていると判断したとしても、本当にその時点において本人の意思かどうかわからない。取引する相手方も所有者本人の意思が定かではないと、取引後にその取引が否定されるリスクを考慮し現実的に法律行為(所有者の財産取引)ができず、金銭的に困窮するケースが、過去に散見された。

この様な課題を解決するために、今回は、認知対策として活用されている、民事信託(親族信託、家族信託、家庭信託など色々な呼称がある)である。

民事信託は、所有権が持つ「使用」「収益」「処分」のうち、特に「収益」「処分」の効用に内在する行われる取引(法律行為)の実務を第三者に託し、益を受け取る受益権を本人の権利として残すという方法のようだ。

この方法を利用すると、万が一認知症などによって、取引ができない状態になったとしても、希望する時期に、取引実務を第三者に託し、益を受け取れることになる。

当然、これら取引の内容を事前に契約書によって定めることが必要となる。

ところが、法律行為を行うには所有権を持つ必要があるので、所有権は託された第三者(受託者)に移転する。

ここが、一般消費者が混乱するポイントとなる。

 

所有権が他の者に移転するということは、自分の財産が移転してしまう。という概念になってしまうからだ。

形式的に、託された第三者へ所有権が移転するだけで、実態としては所有権者(委託者兼受益者)に所有権はあるのだが、このような説明をすると、特に、所有意識が強い一般消費者はますます混乱し「怪しい」「解らない」という気持ちになり、民事信託から遠のいてしまうことが多い。

 

(まとめ)

民事信託という言葉は信託法が改定された平成18年と比べれば、世の中にだいぶ浸透してきたが、民事信託を相続対策などに使うには、原理原則である民法の所有権を理解し、その応用として信託を理解するようにするべきである。

「専門家が関わっているから」「法律とう規則だから」といって、盲目的に信用するのではなく、先ずは基本を押さえることが、後のトラブルを回避する原則である。

 

複雑な仕組みを、一般消費者対して解りやすい表現で説明できることも専門家の責務の一つである。「貴方の為だから」と勧める営業者の為に、勧めている仕組みが存在することは多い。

民事信託は認知対策として素晴らしい。だからこそ、一般消費者も内容を理解するように努めることをお勧めしたい。

 

※1: (第2回コラム。民法が大切にしている大きな価値は①「その人の意思を大切にすること」②「取引などがスムーズに行われる」とのこと。著者:吉田利宏。発行所:ダイヤモンド社「元法制局キャリアが教える民法を読む技術・学ぶ技術」より。)

投稿者プロフィール

堀田 直宏
堀田 直宏株式会社ダントラスト 代表取締役
<事務所名/肩書き>
株式会社ダントラスト 代表取締役
株式会社 ムサシコンサルティング 代表取締役

宅地建物取引士
(公認)不動産コンサルティングマスター相続対策専門士
コミュニケーション能力認定1級
認定ファシリテーター(㈱プレスタイム社)
 
<プロフィール>
1969 年生まれ、東京都杉並区出身。
投資不動産デベロッパーにて、執行役員として150 棟を超えるマンション開発に携わる。
多くの専門家とのネットワークと、用地買収に不可欠な権利調整の実務経験を活かし、権利調整を得意とする、超実行型不動産コンサルティングとして、平成25年3月に独立開業。
令和元年(公益財団法人)不動産流通推進センター主催の事例発表会にて、近隣紛争中の再建築不可物件を再建築可能にした事例(埼玉県飯能市の潜在空き家の活用事例)にて、「不動産エバリューション部門」優秀賞を受賞。
現在、全日本不動産協会東京本部中野杉並支部行政担当(杉並区)副委員長を務め、行政が抱える不動産課題の解決に尽力している。

<セミナー講師及び相談員等の活動実績>
・全日本不動産協会 神奈川支部及び神奈川本部海老名支部の法定研修会をはじめ、某生命保険会社の社内研修、不動産コンサルティング協会(東京支部、静岡支部)・NPO法人相続アドバイザー協議会・一般社団法人全国空き家相談士協会・その他建築会社の家主向けセミナーなど数多くの講師を務める。

<主な著書など>
相続コンサルの奥義(プラチナ出版)
週刊住宅 平成30年11月12日号から「誰でもできる権利調整コンサル」を隔週掲載

週刊現代 
平成31年1月5日、12日号「死ぬ前と死んだあと」特集に寄稿
令和元年9月14日、21日号 『あなたの人生、老親の人生「最後の一週間」の過ごし方』特集に寄稿